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真正護憲論と次の人間のために戦うことの意義-田母神事件のお話

引き続き 昨年冬の國體護持塾 塾生みすまるでの南出喜久治先生のお話をUPします。
田母神元航空幕僚長の更迭に関してのお話です。

僕は帝国憲法の復原決議をあるごとに言っていて、田母神さんの時でもそうやったね。
田母神さんの志は認める。ただし2つ大きな不満がある。
1つは航空幕僚長という星4つが、幕僚部付、星3つに降格処分されたときに、最終的に退職するのかまへんけどもなんでその降格処分を争わないのかと。例えば司法的救済が可能かどうかも含めて、どうして処分について争わないのか。これは三島事件と同じように、幹部に上がっていく人は結局ああなるんだと。田母神は降格処分について文句を言わなかったし、それが当然のことのように通ってしまう。そうすると後の自衛官にとっては思想統制を生むと。
部外者がやった三島事件ではなくて、部内の幹部が自ら崩壊したという部分で、悪い影響を及ぼすと。どうして、体を張って、降格処分を争わなかったのか。

一人タレント的に活動したからって、それはもう一般の話で自衛隊は萎縮効果が出てしまってる。どうしようもなくなってる。これをどうして争わないのかっていうのが1つ。

2番目は公聴会に呼ばれて改正論を言っている。現職の自衛官が改正論を言えば、国政に自衛官が政治的意見を言うことになるから、おかしいやないかって当然、非難されるわな。このときに無効論(真正護憲論)を言って欲しかったんや。無効論(真正護憲論)は学術論争じゃないですか。自衛官が学術論争を持って、占領憲法が無効だと。我々自衛隊は占領憲法では無効かもしれないけれども帝国憲法が生きているという前提に立てば皇軍だと。だから合法、合憲なんだと。これなら学術論争でしょ。
自衛官が学術論争で特定の思想を持つことも許されるでしょ。それを、政治的な意見で有効や無効、改正論は政策論、あるいは立法論でしょ。立法論を自衛官が言うのは、おかしいやないかと言われてもこれ仕方無いけれど、何で学術論争ができないのかと。
少なくとも無効論を言わなくても、有効か無効かという問題もあるからとちょっと議論すればよかったんよね。ところが田母神さんが無効論(真正護憲論)をよくわかってなかったというか、浸透性が少なかったというのも一つの大きな理由かもしれないけども。だけどこの二つが、今一番大きな問題で、今頑張ってらっしゃるけれど、僕としてはそういう意味で評価してない。
日本を本当に再生させる為に自衛官を辞めても自分の後に続く人間を残そうとしたら、やっぱり降格処分は絶対に戦うべきやったんやね。負けても、戦ったという足跡だけでもええから付けるべきやった。それをしなかった。
自分だけ退職して、講演活動して、確かに面白いし、人は集まってくるけれども、それで日本が再生するか言うたら、大きく後退してしまった。みんなの田母神さんに対する評価は、それぞれ分かれてると思うけど、論文なんてね、そのアパホテルで、審査委員長は渡部昇一さん。内容的に言うても高校生の論文やないかと。わざわざ幕僚長の書くような論文違うやないかと。あっちこっちの引っ張ってきて、自分の意見は無い言わばレポートやと。問題は発表すればどうなるこうなるっていう、幕僚長までしてるんだから戦術戦略を考えて、自分がこの論文をしたら少なくても二三歩先を読まないと。それができなかったことにちょっと逆に残念に思ってるわけ。
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