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大東亜戦争は聖戦であった-8月6日は原爆が投下された-

明日8月6日は広島に原爆が投下された日です。
もう既に皆さんがご存知の事実ですが、この原爆投下までの経緯を書いておきたいと思います。

昭和20年7月からのお話です。

原爆投下を決めたのは、当時のアメリカ大統領トルーマン、その前の大統領ルーズベルトはソ連と密約を交わし、日本とソ連とで交わしていた日ソ中立条約を破棄させ、ソ連に対日戦争を戦わせるという計画を既に立てていました。<ヤルタ密約>。ソ連の対日戦争なしでは勝てないと考えていたからです。
ところが、ルーズベルトが急死し、原爆実験が成功します。
アメリカはソ連が参戦する前に完全勝利をして、ソ連を日本の占領から外して、日本を占領したいと考えます。
そして、7月25日トルーマンは日本への原爆投下を指令し、翌26日にソ連を外して、ポツダム宣言を発表したのです。

8月6日午前8時15分に原爆が投下されました。広島での死者数は15万人。この原爆投下によって、8月15日からソ連も日本戦へ参戦する計画でしたが、8日と日程を早めて攻撃してきたのです。
すでに降伏を決めかかっていた日本に対して、自らの戦後の覇権を求めるが為に守られるべき、何の罪もない民間人を15万人も一瞬にして殺傷したのです。

大東亜戦争は欧米の列強の植民地支配から開放して、民族が自決独立を実現し、各伝統を大切にして、お互いに共存共栄するという新秩序を建設しようという思想戦争でした。戦後行われた「極東軍事裁判史観の洗脳」や「国体を否定する政策」の2つにより、日本の社会、経済、文化、教育の分野でいわゆる反日主義者が増加しました。「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませぬから」などと自虐史観から早く抜け出し、一瞬にして命を奪うという残虐な行為が今でも正当化されていることを憂い、欧米列強と他の民族のためにも戦った、大東亜戦争の栄誉が恥辱に塗り替えられたこの歪みをなおすところから始めなくてはいけないのです。


出典


かへるうぶすな ~大東亜戦争は聖戦であったかへるうぶすな ~大東亜戦争は聖戦であった
(2010/04/29)
南出喜久治

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