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国体とは国の本能、保存本能、防衛本能です

昨年冬に行われました國體護持塾 塾生みすまるでの南出喜久治先生のお話を抜粋して掲載しています。
今日は国体とは、本能である。本能とは防衛、保存の本能なのです。

國體とは、解説は別にして、一言で説明すると國體とは国の本能であること。
国家の本能である。で、国家の本能とは何ぞや、国家の概念もそうだけど、本能とは何ぞやということになってくるので短く説明すると、本能というのは、階層構造があって自己保存本能があって家族保存本能があって部族、民族、あるいは国家防衛本能。更に、場合によっては地球防衛本能。もう言わば人類に至る本能の構造がある。つまり何を守ってくかっていうこと。

基本的には命を守り続けることが本能だから、その命は個体の命でもあり家族の命でもあり部族、民族の命でもあり、国家の命でもあるわけだから。国家が永続する、個体が永続することが本能なわけ、本能で個体が永続しない時は、子孫を増やすこと。
自己の個体が滅びていくのであれば、子孫を残してその種族を保存していく。保存本能になる。個体の保存本能だというだけじゃなくて、保存本能が階層的構造になっている。自分を守ろうという本能は自分から見れば当然やそれだけと思っているのかもしれないけど、それは、はっきり言って個人主義なんだよね。
これだけを切り取って、後は何も無いと考えるのは個人主義。ところが本能というのは、自分が身を守ることも当然そうですよ。パッと攻撃しかけられたら、ここに飛んできたら、頭に当たって頭が傷つくとか目が潰れるとかいうことになったらあかんという理性的本能で避けたり、あるいは手で避けたりするわけね。でも、そんなこと考えて避けてないわね。全部、咄嗟にそういうものが出る。それが本能に組み込まれているもので理性ではないということ。飛んでくるということを反射的に危険を察知して、体をかわすとか、手で防備する。ところが自分の体、目も自分の体だし腕もそう、目を守るためになんで腕を犠牲にするのか。それは腕の方が回復力が早いからやね。目は回復力が遅いし、致命的な、能力の喪失になることがある。それは本能でわかっているから手で避けるわけね。だから、人間も本能というのは個体の中でも序列があるわけ。一番初めに守ろうとする。
つまり頭部の部分のほうを、特に守ろうとするわけね。体を屈めたり、あるいは腕を使ったりする。
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