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八鉱一宇と八紘為宇

石川県金沢市にある、石川県護国神社には、「大東亜聖戦大碑」があります。

昨年の9月に最後の枢密院議長でもあった
憲法学者 清水澄博士の御命日に石川県護国神社様で、顕彰の勉強会を開催させていただきました
。このお話は後日させていただくとして、
この大東亜聖戦大碑の裏側に刻まれている八紘為宇という言葉を
御紹介させていただきたいと思います。

大東亜聖戦大碑


八紘一宇とは、八紘=8つの世界・方位(転じて全世界)を一宇=一つの屋根の下にという意味で、
田中智學が発案された言葉なのですが、この元となっているのが八鉱為宇という言葉です。
元は『日本書紀』巻第三神武天皇の条「橿原宮造営の詔」の中にある
「六全(くにのうち)を兼ねて都を開き八紘(あめのした)を掩(おお)ひて
宇(いえ)にせむこと亦可(よ)からずや」という一説で、
「掩八紘而爲宇」(八紘(あめのした)を掩(おお)ひて
宇(いえ)と爲(なさ)む)という言葉、世界は屋根の下に暮らす家族のごとく
平和であって欲しいという崇高な世界平和を願った言葉なのです。
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テーマ : 歴史
ジャンル : 政治・経済

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