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承詔必謹の誤謬

旧皇族出身の憲法学者竹田恒泰氏は自身のブログで占領憲法の有効性について次のように述べておられる。その一部を引用させていただいた。

「確かに、終戦後の混乱期において、GHQの強い圧力の中で日本国憲法が制定されたのは事実です。草案の段階で、日本側とGHQ側に温度差があり、結局GHQに押し切られたのも事実です。しかし、「日本国憲法」は「大日本帝国憲法」が規定する憲法改正規定に則って、改正された結果であり、新たな憲法が制定されたわけではありません。従って、旧憲法と新憲法の間には連続性があります。しかも、憲法改正を決議した国会は、畏れ多くも天皇陛下が召集あそばしたのであり、裁可、交付などの立法手続きも、全て天皇陛下によって為されたものです。畏れ多くも、天皇陛下が交付あそばした「日本国憲法」が無効であると主張するからには、明らかな立法要件の欠缺があるべきです。ところが、立法要件には落ち度は認められません。」

つまり、竹田氏の説によれば、
① 占領憲法は帝国憲法が改正されたもので、帝国憲法との間に連続性がある。
② 国会の召集、裁可、公布は天皇陛下によってなされたものである。
③ 裁可、交付などの立法要件に欠缺がない。
これらのことから、占領憲法を無効とするには責任を持てないという。

この竹田氏の説は承詔必謹有効説だと言える。この説は、昭和天皇が占領憲法を上諭を以て公布されたことから、聖徳太子の憲法十七条の「三に曰はく、詔を承りては必ず謹め。」(承詔必謹)を根拠として、占領憲法は帝国憲法の改正法として有効であるとする見解である。しかし、この説には明らかな誤謬が存在する。それについて、南出先生は次のとおり述べている。その一部を引用させていただいた。

「ところで、この承詔必謹説には、次の二つの盲点がある。その一つは、真正護憲論(新無効論)では、憲法として無効の占領憲法が転換理論により講和条約として「成立」したものと評価し、その限度で公布は「有効」であるとする点を見落としていることである。それは、みことのり自体は否定せず、みことのりの解釈の問題なのである。つまり、承詔必謹説の批判の的は、公布を全否定することになる旧無効論に本来は向けられるものなのである。
 二つめは、公布という行為自体が有効であるか無効であるかとい問題と、公布された占領憲法が有効であるか無効であるかという問題とは別の問題であるということである。公布行為自体は有効であるが、公布の対象となった占領憲法は無効であるとする見解が成り立つのである。
 そもそも、「公布」というのは、成立したとされる法令を一般に周知せしめる行為であって、成立したとしても無効である法令が、「公布」によって有効化させるだけの原始取得的効力(公信力)を有しないことは明らかである。
 もし、承詔必謹説を唱える者が、教条主義的な承詔必謹を振りかざし、占領憲法の公布を「みことのり」であると強弁して無効論を排斥するのであれば、和気公にも無効論者と同じ批判をするがよい。お祖父さん(明治天皇)の遺言を守るべきか、これに反する孫(昭和天皇)の言葉に従うかのジレンマに立ったとき、迷うことなくお祖父さんの遺言を弊履の如く捨て去るがよい。教育勅語なんか糞食らえと云えばよい。「大不忠の逆賊」という言葉は、承詔必謹説の教条主義者に熨斗を付けてお返しするものである。
 そして、前述したとほり、承詔必謹論は、旧無効論に対しては別としても、承詔必謹を具体化した帝国憲法第七十六条第一項に基づく真正護憲論(新無効論)に向けることはできない。
 また、附言するに、天皇の公布があるから、憲法として無効の占領憲法も憲法として有効となるとする教条主義的な承詔必謹論は、天皇の公布行為に、無効のものを有効化する創設的効力があると主張することになる。これは、まさしく「天皇主権論」であって、国民主権論と同じ主権論の仲間であり、国体論とは不倶戴天の関係となる。」

南出先生の説では、
① 公布という行為自体は有効であるが、占領憲法は無効である。
② 承詔必謹有効説は、占領憲法が講和条約の限度内において有効であるということを見落としている。
③ 承詔必謹を言うのなら、明治天皇の詔はどうなるのか。
④ 天皇の公布行為は無効なものを有効にできるほどのものか。これでは天皇主権だ。
よって、天皇と雖も國體の下にあるということを忘れてはならない。

筆者は憲法の素人であるため、引用に頼ることしかできなかった。ともあれ、承詔必謹論について私見を述べさせていただくならば、なぜ、この論は敗戦直後の昭和天皇の苦しいお立場を酌むことができないのかと思う。この時期、昭和天皇はGHQの命令に背くことができなかったのは明らかであり、国民の命はおろか、陛下ご自身の命すらも占領軍の手に握られていた。この状況で、どうして、陛下が占領憲法の公布を断ることができようか。陛下は我が国の國體を護るため、やむを得ず、占領憲法の公布をご決意されたに違いないのです。これを詔として謹んで受け入れることと、國體を護持することのどちらが大事でしょうか。これを金科玉条のごとく扱うのであれば、かならずや、破たんを招く。なぜなら、占領憲法は國體に埋め込まれた地雷だからである。もし、陛下のご遺志を受け継ぐならば、國體の反映されている帝国憲法の現存確認こそが急務であると私は確信する。
 
【参考資料】
竹田恒泰 「竹田恒泰日記」 http://blogs.yahoo.co.jp/takebom1024/48965755.html  
南出喜久治 『とこしへのみよ』 
http://kokutaigoji.com/books/kokutaigojisouron_3/3-3-8-13_shoninhikkinnsetsu.html 
 
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