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光山少尉のこと -知覧の町のお話から-

鹿児島県の知覧町は、特攻隊の基地がありました。基地近くの食堂に特攻の母と呼ばれていた「鳥濱トメ」さんという人がいました。トメさんは特攻隊員悩みや相談を真心で受け止めてきました。
映画『君がために僕は死にゆく』でもシーンの一つにありましたが、特攻隊員の光山文博(卓庚鉉)少尉についてのお話です。原文はこちら ⇒ 國體護持塾 各種論文

光山少尉は出撃前夜に世話になったトメさんの経営する富屋食堂へ、トメさんとの最後の別れをしに来ました。店にいる兵隊の歌声に耳を傾けていた光山少尉に、トメさんは、「今夜が最後だから、光山さんも歌わんね。」と勧めると、「そうだね、最後だからね。僕の故郷の歌を歌うから聞いてね。」とアリランを歌いました。
この時、初めてトメさんは、特攻隊員の中に韓半島出身者がいることを知ったそうです。もちろん、光山少尉ら韓半島出身の特攻隊員も靖國神社に祭られています。徴兵制は、韓半島では免除されていましたが学徒動員と共に実施され、光山少尉も飛行兵を志願し、選ばれて特攻隊員となりました。
光山少尉(大尉)のお父さんは、息子を誇りに思い、墓碑には、「日本陸軍隼大尉」と刻みました。 陸軍一式戦闘機、通称「隼」に乗っていった息子を称えるために隼大尉と刻まれたのです。このように韓半島出身者には大東亜の大義に命を捧げよう、日本人として生きようとした人々も数多くいました。
「世紀の遺書」の中には、BC級戦犯として処刑された韓半島出身兵士の遺書もあり、処刑直前に、「激しき感動をかみしめつつ海行かばを唱ふ」と書き遺し、あるいは「故国日本、朝鮮の弥栄を祈る」と記して刑場の露と消えた韓半島出身の人々もいました。


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