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環境問題と食糧自給率 ~水源、森林の保護~

しばらく飛んでしまいましたが、引き続きで昨年春に京都で開催されました、國體護持塾 塾生みすまるの内容を掲載いたします。
本日は、江戸期の水源地と森林のお話、現在食糧が自給できなくなってからの水源地や森林の変化の問題点など。

環境問題とか何やて、偉そうに今始まって、環境問題ちゅうのは現代になって初めて生まれたみたいに言うんだけど、江戸期だって、いっぱいそんなこと言われていた、当たり前のことですよ。もともと江戸時代ではね、山川掟っていうのがあった、山の木を切ったり、水源を潰したらだめという掟、初めから江戸の掟として存在したんだから。だから、熊沢蕃山にしたって、池田家のところで、この山は入ったらあかんということをしている、例えば鷹山、鷹の生息地に入ったらあかん、今でも、入会権とか入会という言い方をするでしょ。村がその個人の所有にしたらあかんねん、村全体の所有にして山に入るのは村の掟通りにやらなあかん、そういうような形で入会権が設定された土地はいわば持分権が無い、個人のいっさい自由にはならない。この木を切ったらだめやいう掟がいっぱいあって、水源地のそばで新田開発してはいけない、実際、幕府の御触れがあった。
今は違うでしょ、水源地にゴルフ場造ってね、なんぼでも水源を汚染したりする訳でしょ、でも、昔の発想からいうと、あんなもん邪道で、あんなもん言ってみれば環境問題からしたら、むちゃくちゃやという事をそりゃあ江戸期の人はそういう風に認識してる。江戸期にゴルフがあるわけない。米を作る新田開発ですら、水源地でしてはならないという決まりがあるんだから、それを普通の人は普通のように思ってるんよ。

それが今はね、どこでも木切ったり、訳のわからんもんをいきなり植林する、杉ばっかり、みんな花粉症になる訳でしょ。広葉樹落葉樹を植えへんもんやからこんなんになる訳でしょ、普通通りにしないからこういう風になる訳でしょ。なんでも大量生産、一律に物をつくる、そんなもんばっかりやるさかいこんな事が起こる。経済の仕組みを今後どうしていかなければならないかっていうと、こういう形は食料だけじゃなくて、今、日本は、エネルギーの自給率は4%やからね食料自給率はカロリーベースで40%言うけども、エネルギー自給率が4%ということは、食料も同じようにエネルギーで作るんだからね、ハウス栽培なんてあれ石油製品だから、石油が無かったら作れないから石油製品でしょ。
国内産言ったところで油使ってんだから、正味の食料自給率はもっと、エネルギー自給率ほど低いはずですよ。もっと真剣に考えて行かなあかん。何が見えてくるかっていうと、今の経済構造そのもの、つまり大量生産、大量流通、大量消費、こういう風なものを劇的に変換転換していく、誰からするのかっていうたら、もちろん政府の方針も必要だけれども、基本的には各家庭の人がそれこそ転換していかないとこれできるもんじゃない。
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