スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

昭和天皇の戦争責任について (3)


昭和天皇の戦争責任について、南出先生はあらゆる角度から検討しておられる。前回は帝国憲法の観点からどう見ておられるかについて述べた。今回は、もし仮に占領憲法が有効であるとするならば、どうなのかということを以下に引用させていただいた。


「占領憲法が有効であるとする見解に立つとすれば、占領憲法第九条第二項後段で『交戦権』が認められないことを前提とした議論がなされなければならない。また、有効論であっても、始源的有効論か後発的有効論かによって、また、そのうちの様々な見解によっても、それぞれの場合に分けて検討しなければならないことになる。 つまり、天皇の戦争責任を検討するについては、前に述べた如く、その準拠する憲法がどの時点でいずれの憲法なのかということ、すなわち、憲法とは帝國憲法なのか占領憲法なのか、具体的には占領憲法の効力論から検討した上でなければ正確な結論が出せない。つまり、前述のとおり、無効論であれば、帝国憲法第三条で無答責の結論に達するが、有効論ではこれと様相を異にするのである。

では、まず、始源的有効論によると、そのいずれの説であっても、占領憲法制定時において帝国憲法は効力を失うが、そのときまでの天皇の責任は、やはり帝国憲法第三条で無答責となり、占領憲法制定後の責任について議論することになる。尤も、八月革命説のように、『停戦』と同時に帝国憲法が失効したとすると、占領憲法制定までの間は『憲法の空白』が生まれる。しかし、占領憲法第百条には、『この憲法は、公布の日から起算して六箇月を経過した日から、これを施行する。』との不遡及の規定があることから、『革命時』まで遡及しないことになる。もし、これを革命時まで遡及させ、あるいは帝国憲法が失効していない開戦の時期まで遡及させて天皇の戦争責任を議論することは、それこそ占領憲法に違反する見解であり、自己矛盾を来すことになる。

ともあれ、始源的有効説の場合は、占領憲法制定後から戦争状態が終結するサンフランシスコ講和条約の発効までの間は、占領憲法が適用されることになるので、天皇には国政に関する権能を有しない(第四条)ことからして、ポツダム宣言の受諾と降伏文書の調印後の停戦状態(戦争状態)に関する責任はやはり問えない。天皇が降伏文書の調印後に何もしなかったという不作為責任を問うとしても、まず、そのような事実があったか否かはさておき、そもそも国に交戦権が認められておらず、しかも、占領憲法第四条によって、その作為義務も作為可能性もない天皇に対して不作為責任を法的に問うことは法理論上絶対に不可能である。つまり、作為義務が肯定される場合は、作為の必要性と作為の可能性の双方が認められることが前提であるが、占領憲法においては、天皇は内閣の助言と承認によって国事行為を行うのみであって、全ての責任は内閣にあるので、天皇には、作為の必要性も作為の可能性もないからである。それゆえ、始源的有効論(革命説、承詔必謹説など)では、やはり天皇には戦争責任はないとの結論が導かれる。

なお、附言するに、帝国憲法下では、概ね立憲君主的な有権解釈がなされ、慣例的に、天皇は拒否権(ヴェトー)を行使できず、上奏された事項について疑問や不審の点があれば御下問を繰り返して暗に御内意を伝えることしか許されず、これが天皇の「作為」の限界であり、天皇に開戦を阻止し、かつ早期に停戦を実現しうる作為の可能性はなかったのである。」


天皇の戦争責任を心情的な問題として扱うことは法治国家において許されるべきでない。すべては法的根拠を必要とする。そうすると、占領憲法においても、「全ての責任は内閣にある」と解釈されるため、天皇の責任を問うことは不可能となる。私は法知識が乏しいため、責任論について論じる術を持ちえないが、思うに、敗戦の責任を君主に擦り付けること自体、国家の在り方として不可解である。歴史上、幾多の国は戦争を繰り返し、勝敗を体験しているが、その責任をその都度君主に負わせるだろうか。我が国は歴史上初めての敗戦を迎えた。かといって、その責任を君主にまで負わせることは、国家の存立それ自体を脆弱にする行為である。これらのことを踏まえると、すべては冷静に解釈すべきであり、天皇陛下の地位とご存在の意味を考え、この責任問題を論じなければならない。

参考文献 南出喜久治「いはゆる「保守論壇」に問ふ<其の三>天皇の戦争責任」
 >
関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。