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蔭膳と位牌祭祀<かげぜんといはいさいし>-2

祭祀の風習は大事に守り続ける必要があります。仏壇や神棚にお供えするのも、御先祖様への蔭膳として自覚して実践することです。その場合、御先祖様専用のお箸をもお添えすることが祭祀の実践となります。あなたの家の宗教や宗派による制約があるかも知れませんが、出来る限り可能な方法を選んで祭祀の復活を心がけることです。
私の場合は、祭祀を完全復活させるために、祭祀否定、皇室否定を公言した親鸞を宗祖とする浄土真宗から離脱して棄教しましたが、その時期は、両親が身罷って(みまかって)からでした。さすがに、両親の存命中には棄教はできませんでした。棄教したことは、決して宗旨替えではありません。御先祖様が邪教に拉致されていたのを祭祀の強い自覚と志によって奪還したという誇りによるものであり、邪教から他の邪教に渡り歩いたのではありません。しかし、棄教はしましたが、浄土真宗の仏壇はそのままです。これは、父が幼いときに、これを厨子の如くに背負って石川県から汽車に乗って京都まで運んだ由緒ある仏壇だからです。また、国家神道の名残りの神棚も昔から我が家にありました。棄教したからといって、別の邪教が言うように、仏壇を叩き壊せ、神棚を潰せ、などとは決して思いません。そのままで祭祀は完全復活できるのです。なぜなら、祭祀は理念ではなく、実践だからです。
ところで、第一回の「神人共生」では、「単身生活の人、家族などとの共同生活の人など、様々な生活の形がありますが、それぞれの生活の場で、清く聖なる空間を確保してみてください。そこを祖霊の座として、そこに向かって御挨拶するのです。」と書きました。この「祖霊の座」というのは、具体的には、既存の仏壇でも神棚でもよいのです。むしろ、一般的には、仏壇や神棚のある所は心が安まる場所であるはずです。そのまま祭祀の場所とすればよいのです。もし、仏壇も神棚もない場合には、それぞれの感性で、清浄な場所を確保してみてください。部屋の片隅でも結構ですから、清浄を保てる程度に高い位置に設けてください。
-南出喜久治 著 青少年のための連載講座 蔭膳と位牌祭祀 より抜粋-



補足: 今の私たちの生活は、畏れや感謝といったことを余り感じることのない生活を送る方が多いのではと思います。もちろん、私もその一人ですが、朝夕、御先祖様にきちんと挨拶をする。それだけで、神社などでよく感じる、シャキッとした、本当に背筋がピシッと伸びる。そんな気分になります。
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テーマ : 日本文化
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