スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「憲法改正」は日本人として恥です。

本日は本来だと「昭和天皇の戦争責任は問えない」という内容の記事を書かせていただく予定だった。ところが、憲法に関する看過できないニュースが報道されたため、変更を余儀なくされた。

「似非保守」の議員たちは、震災の復興がほとんど何一つ進まない状況にもかかわらず、憲政記念館で「憲法96条改正を目指す議員連盟」の設立総会を開いたのである。震災の大きな爪痕と原発の恐怖の中、国民が憲法問題などに到底目もくれることができない状況において、彼らは姑息にも占領憲法を改正してしまおうというのである。この時期を選ぶあたりは実に小賢しい限りだ。

この会の設立趣旨は、憲法改正の発議要件を衆参両院の各3分の2以上の賛成から両院の過半数に緩和することを目指すものである。つまり、憲法改正という実におろかな売国行為が行われる可能性が新たに現実味を帯びてきたのである。そして、会の冒頭で民主党の小沢鋭仁前環境相は「憲法の個別の話に入る前に、時代の変化に合わせた憲法のあり方を考えるべきだ」とあいさつし、また、自民党の古屋圭司元経済産業副大臣は「憲法制定以来、初めての改正の動きだ。今日は歴史的な一日になる」と述べたという。

小沢鋭仁環境相に問いたい。「時代の変化に合わせた憲法」とはどういう意味か。我が国の國體を理解した上でものを言っているのか、と。そして、そもそも娑婆に生きている人間だけで、好き勝手に憲法をいじることが許されるのか、と。これは国民主権に毒された現代人の傲慢であると言いたい。

一方、古屋圭司元経産大臣にも問いたい。「憲法制定以来、初めての改正の動き」とはどういうことか、と。帝国憲法こそが我が国の正統憲法であり、それが不幸にも占領憲法に改正されたことを知らないのか、と。そして、「今日は歴史的に汚辱の日になるに違いない」と付け加えてあげたい。

そもそも、占領憲法を改正することは、暴力とゆすりにより米国から無理やり押し付けられ、ゆえに戦時国際法に違反していることを容認するものである。尚且つ、これは、我が国の伝統と文化が築き上げた規範国体をも否定する暴挙であることを忘れてはならない。占領憲法は戦後間もなく憲法学界でも「改正限界説」に基づき無効とされていた代物である。なぜ、これを後生大事に改正までして使い続けなければならないのか。正当憲法である帝国憲法が現存しているではないか。

現在日本人は占領憲法を改正することで悠久の歴史からさらに乖離してしまう。現在日本人は、先祖が後世を思い、命を懸け残してくださったこの国を一時的に使わせていただいているだけである。現代人はこの事実に謙虚になり、後世のために國體を護持する責務がある。従って、実質「共和国憲法」である占領憲法を改正するということは、いかなる理由があろうとも許されないのである。日本人にとって正しい道とは占領憲法の無効宣言をし、帝国憲法の現存を確認するのみである。
関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

皆さん書かないのかな
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。