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本能と個人主義


昨日、本能の劣化こそが人類の存亡に心配すべきだとすることを書かせていただきました。この本能に関して、書かせていただきます。

そもそも本能とはどんなものでしょうか?
本能の基礎となるのは、自律神経です。そして、成長に伴い、学習と経験を積み重ねて強化されるのです。まさに『修理固成(おさめつくりかためなせ)』なのです。
身の危険を避けようとするのは、自己の保存本能で、子孫を残し、身を捨ててでも家族や社会、国家を守ろうとするのも種族の保存本能によるものなのです。

本能論に対する個人主義論<人権論>で、身を捨てて家族や社会、国家を守るという行為を考えられるでしょうか?人権論では、「命が大切である」と教えられます。自分の命は何をおいても大切なのですから、親が自分の命を犠牲にして、子供を守るというのは、全く論理として成立たなくなりますよね。

人間は自分の利益を追求する活動よりも、世のため人のために見返りを求めずに奉仕する活動をする時に、人は精神の高揚を感じます。これも本能によるものです。

個人主義論では、集団よりも個人を優先させます。人は子供の頃は家族に養育され、子供を育て、年長者を保護し、老いればまた養育される。家族という集団の中で生きていますね。
人の個人、家族、部族、民族、国家へと連なる雛形構造(フラクタル構造)こそが本能の構造なのです。


出典 『まほらまと』 南出喜久治 著
まほらまとまほらまと
(2009/12/20)
南出 喜久治

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