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自立再生論 -祭祀の方法、すめらみことと祝箸-

昨年7月に埼玉にて行われました、國體護持塾みすまる(勉強会) にて、南出喜久治先生がされたお話を部分的に文章化したものを掲載して参ります。質疑応答より祭祀と宗教について



祭祀の方法について <質問-3>

お祭りというのは、だいたい命日のことを言うんです。命日のことをお祭り、何何祭というのは。だからいろんな地元での何とか祭いうのは、本当は法事のことなんですよ。明るく、晴れ(ハレ)と褻(け)があって、要するに人と神ね、神とが一体となるという、それによって、お祭りをするんですよ。で、食事も神人共食(しんじんきょうしょく)と言って、お正月の祝箸(いわいばし)、柳箸(やなぎばし)ね、両方とも使えるじゃないですか。あれは、取ってあげるためにあるんじゃなくて、あれは使う方は自分の箸、もう一つのは神様がお食べになる箸、神様と自分とが一緒に食するということのね、お祭りをする訳、だから、本当は毎日そういうお祭りをすればいいんです。私の場合はまずこれは夫婦そろってやらないとだめなんでね。あの祭祀ちゅうのは、祭主、主になる人がいるけれど、それを全部支える、全員でこれをせなあかんから、まず、祭祀を実践しようと思うたらね、そこにいる家族の人が総出でやるという覚悟がないと駄目ね。それは一遍にできなかったら、自分だけでもとりあえずやって、だんだんとそういう気持ちに実践して行けば浸透していきますから。

これは朝夕必ずします。私はまず教育勅語を奏上することと、祝詞(のりと)、ちょっとここに歌った、「ちちははと とおつおやからすめみおや やおよろずやのくにからのみち」っていう歌を詠っています。「ちちははと とおつおや」、要するに自分の父母と遠い御先祖様、「すめみおや」これは皇祖皇宗のまでさかのぼっての御先祖様。遠いご先祖どこまでいったら線はひけないけれども、イメージとして、近いご先祖様は仏壇での祭祀を行い、遠いご先祖さまからやおよろずにいって、要するに、皇祖皇宗までに連なるような、やおよろずの神々までは神棚での祭祀をする。その旅先で必ずします。それはどちらかの方向を定めて、まずは、教育勅語なり私のいろんな歌を奏上して、その日毎に、歌を奏上する。神棚には祝詞を奏上する。本当の祝詞はね、僕は歌だと思っているのね。手前味噌ですけど、自分の歌を全部祝詞代わりに奏上します。それは毎日します。
お供え物に関しては、自分の所で作ったものを供えます。それをする、手向けるということがね、ご先祖様が喜んでいただけると、どっかから買ってきたものをぼんと供えるのではなくて、ちょっとでも、どんなできばえの悪いものでも、自分の子孫が丹精こめて作ったものを心こめてお供えする。
それがある意味では自給率という自覚にもなるでしょ。だから僕は大事なことだと思って夫婦揃ってそれを実践しています。お寺とか神社とかも平気でお参りします。決して侮ったりはしません。それはすべきではありません。ご先祖をたどればね、いわゆる「すめらみこと」という、それはぼくは「世界のすめらみこと」だと思ってるのね。「いのちをすめる」という意味やから、全部の命をこのご先祖様、このすごい命を全部縄のようになった頂点にご皇室があるというイメージです。だから今の日本のご皇室っていうのは、まさにこの地球上の天皇っていうかご皇室という自覚がなければこの祭祀の道は解けません。日本だけの祭祀ではありません。ましてや、大陸から渡ってきたいろんな南方系から渡ってきたという形で全部あざなえる。

つまり、混血総体の民族でしょ、我々は。純血を守るんならば、それはその民族だけなんだけれど、混血総体の民族であるがゆえにね、「すめらみこと」なんですよ。それは世界の「すめらみこと」であって、ほんまこれを言い出すとみんなが、僕は確信してるんでね、何の疑いも持ってません。ですからこれが今の日本のご皇室だけでなくって日本の世界の雛形なので、全世界のものなんだ。ご皇室っていうのは、日本だけのものではない。世界のご皇室なんだという信念を持って、それはまさにその祭祀の頂点に立っておられるご皇室なんだと思っています。
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