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日本の自立再生論 本能論

昨日より約1週間、昨年7月に埼玉にて行われました、國體護持塾みすまる(勉強会) にて、南出喜久治先生がされたお話を部分的に文章化したものを掲載して参ります。本日は本能について

平成22年7月に埼玉にて行われました、國體護持塾 公開 みすまる にてのお話を部分的に収録、文章化致しました。

第二章 本能論について


まず、「本能」、本能と聞くと何かその欲望のように思われる人が多いのだけれども、そうじゃなくて、この本能に対するものとしては、理性、理性というのは合理主義の意味ですね。合理主義。ナショナリズムに対して合理主義、家族に対しては、個人。祭祀に対しては、宗教。國體に対しては、主権という概念ね。国民主権とかいう主権ね。これがそれぞれ対立概念としてその意味での本能・家族・祭祀・國體、こういうことについてちょっとお話していきたいと思います。


まず、本能の話ですが、本能というのは何かさっき言いましたけれど、欲望主義的に思うのですけれども、そうではない。人間が、生物は本能がなければ生きていけない。
生命維持のシステムが本能なのです。それを本能が悪で理性が善であって、いわゆる近代合理主義、これに非常に日本も含めて世界が毒されている。


例えば子供を連れていて、それで車がぱっと来たときに、自分の命の方が大事と思うか、子供の命の方が大事か、どっちが大事だと思うかな。そうい場合とっさに。子供を守ろうと思う。それは自分の命を捨ててでも守るべきものがあるから守ろうとするわけでしょ。
何かというと、自己保存本能よりも、そういう家族を維持する本能とは、家族を防衛する本能、これは当然その自己保存本能よりも上の本能。自分の体でも、頭部が大事で、その次の序列が例えば腕とか足とかいうのと同じように、個々の自己保存本能でも、本能全体の体系からいっても、自分よりも子供を守ろうという本能がある。そうすると、自分の命を捨ててでも守るべきものがまずそこでひとつ見つかるわね。

それをずっと延長していくと、この村を守ろうとか、この地域を守ろうとか、この国を守っていこうとか、そういうことになってくる。例えば、理性、合理主義からいくとね。何で子供をまもらなあかんのか理屈がありますか?ないでしょ。つまり今の教育の中で命の大切さを教えてしまってね。自分の命を捨ててでも守るべきものがあるのか?」という問いかけを教育はしない。そうなってくると、自分の命が大事なのは、当たり前のことなのだけれども、それを捨ててでも守るべきものがあるのだということを知るのが本来の教育で、それはもう、戦前においても、日本はそういうふうな教育をずっとしてきたわけ。

理性絶対主義が入ってきたものだから、結局、子供を見殺しにして何が悪いのだとか、自分の命が大事やないかと、例えば、子供が海に溺れそうになった、私は泳げないから、「あの、私は泳げないから子供を助けられません」というかなというのね、泳げないでも海に飛び込むのです。それで、二人とも死ぬ場合だってある、だけど、自分の命を捨てても、楯にしてでも子供を助けり、守ろうとするのは当たり前の本能だから、ただの理屈で考えたものでないのでね。



それと同じでこれは何も人間だけでなくて、動物全体がそう。本能というのは生きるためにあるいは種族を維持するため、あるいは、国家を維持する、国家を防衛するためにあるというのが、当然なので、例えば、愛国心だとか祖国愛とかいうのは、こういう理性的な発想では絶対今のいわゆる理性主義や合理主義で塗り固められたこの憲法だけでは、そこから出て来るというものは、愛国心とか祖国愛とかはありえない。
ただその合理主義、理性主義に対する本能主義に回帰していかないと、国そのものを再構築できないのです。再生できない。本能から離れて行けば行くほど人間の命が危うくなるし、種族の命が危うくなる。

正しいとか善悪の判断をどうして付けるかというと、善悪の判断は全部理性的に考えて、善悪の判断をしてたのよ。ところが本当の意味での善悪の判断は本能で判断せなあかん。
本能に適応する。つまり本能の通りのものが善であり、生命あるいは種族を維持する方向が本能の命ずるところだから、そっちの方向は善であり、それを反すること、つまり命を危うくする種族を危うくする方向が悪なのだという、善悪の基準がどこに基軸を置くかによって全然違ってくる。
本能というのは、よく先ほど言ったようにいかにも欲望のように思うかもしないけれども、決してそうではない。欲望を抑えようとするのが本能なのです。

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