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昭和天皇の戦争責任について(1)

地元の護国神社に参拝してきました。以前は私一人で行くことが多かったのですが、最近は妻も付き合ってくれています。いつものように、厳粛な気持ちで参拝を終えたあと、慰霊碑を眺めていると、かつて日本軍の兵士であったという老人が私たちのもとに近づいてきました。その老人は丁寧な口調で戦争体験を語り始め、戦地では食糧に困り果てトカゲを食べたこと、上官の命令は絶対的で火の中に飛び込めと言われれば、従わざるをえなかったこと、武器がなくなれば大和魂で戦えと言われたことなどを語り始めました。私も祖父母から戦争体験については何度も聞かされていたため、特に愕くこともなく、静かに聞き入っていました。

戦争体験を聞くたびにいつも思うのが、戦争の勝敗を度外視した苦労や悔しさです。この老人も本当に悔しさを滲ませ、なぜ自分がこのような体験をしなければならなかったのかと唇を噛みしめていました。そして、おっしゃられたのが「私は正直言って昭和天皇を恨みに思います。」という言葉でした。この言葉には私も衝撃を受けました。私の祖父は軍歴がありましたが、尊皇精神が強かったため、天皇陛下を責めたことは一度もありませんでした。それだけに一層衝撃的だったのです。このとき、私が思ったのは「この老人は左翼かな?」でした。しかし、この老人は毎日護国神社に足を運んでいるらしく、左翼ではないと思われます。そこで、考えた挙句、「ああ、これは政治色を排した素直な感情に違いない」ということでした。

確かに、昭和天皇の戦争責任に関しては、上の老人のように心情的には理解できなくもありません。しかし、この問題を心情の問題としてではなく、戦争責任の問題とするのならば、法的な問題として扱わなければなりません。そして、法的には天皇陛下の戦争責任は問えないというのが結論なのです。以下、南出先生の論文から、今回と来週の2回に分けて昭和天皇の戦争責任をめぐる文章を引用させていただきます。今回は「国際法」上の責任についてです。

「まず、法的責任の場合、初めに押さえておかなければならないことは、どの法規が適用されるのかという「準拠法」の問題である。この準拠法を度外視して議論することは論理性を失い、議論にはならないからである。これは、今までの多くの議論において欠落していた観点である。この前提に立つとき、そもそも、国家には、戦争の対外的な法的責任ということは原則として「国際法」上あり得ない。対外的責任は国際法及び講和条約に準拠することになるからである。戦争は武力を以て行う外交交渉であり、国家には戦争をする権利(交戦権)が国際法上認められている。パリ不戦条約においては、「自衛戦争」を認め、「侵略戦争」(正確には「攻撃戦争」ないしは「積極戦争」war of aggressionとすべきところを侵略戦争という訳語として定着させたのは反天皇主義学者の横田喜三郎)の禁止を謳うが、自衛戦争であるか侵略戦争であるかは、相手国や第三国に認定権があるのではなく、その国に侵略戦争であるか否かを判断する自己解釈権がある。そして、大東亜戦争は、これを「自存自衛」の戦争として行ったのであるから違法な戦争ではあり得ない。国家が国際的に違法な行為をしていない限り、その戦争を決断し、遂行してきた国家機関に属する個人には何らの責任も問はれない。つまり、「国家は国家を裁けない」とする原則がある。次に、ポツダム宣言第十項において、「吾等は、日本人を民族として奴隷化せんとし、又は国民として滅亡せしめんとするの意図を有するものに非ざるも、吾等の俘虜を虐待せる者を含む一切の戦争犯罪人に対しては、厳重なる処罰を加へらるべし。・・・」とあったが、これは極東国際軍事裁判(東京裁判)を正当化する根拠とならない。しかし、これがサンフランシスコ講和条約の条件(第十一条)となって独立を回復したので、これを「裁判」とすれば違法であるが、講和の条件(敗戦による不利益の受容)としては有効である。そして、天皇はこれに含まれず不訴追と決定したことから、いかなる意味においても天皇に講和の条件としての法的責任はなかったことになる。」

この続き「国内法上の責任について」は来週火曜日に述べたい。

参考文献 南出喜久治「いはゆる「保守論壇」に問ふ<其の三>天皇の戦争責任」

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