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祭祀の道 第4回 祭祀と言霊

ひをむかふ みてくらたてよ いつきせむ なこそおしめや ことたまのひと
 (靈を迎ふ 幣立てよ 齋せむ 名こそ惜しめや 言霊の靈止)


今日1月15日は、すこし前までは成人の日として祝日でした。それがいまでは何の意味もない日(一月の第二月曜日)を成人の日の祝日として、単に日曜日と連休にするためだけのものとなりました。成人の日というのは、天皇及び皇族の成年式の儀礼を祖型としますが、これは、世界的に見ても、子供が大人になる通過儀礼の一つとして広く存在しています。通過儀礼というのは、フランスのファン・ヘネップが提唱した「rite de passage」の訳語ですが、誕生、成年、結婚、入学、卒業、入社、退職、死亡などの人生の節目に行われる儀式の総称です。これらは、それまでの人生が一旦終わって、新たな人生を再生させるという「死と再生」のための祭祀であることにおいて共通しています。皇位継承の即位式や大嘗祭も、皇統が連綿するための国家的な通過儀礼なのです。次回で詳しくお話しますが、再生のための儀式において、冬至の日から日照時間が長くなることを再生と復活の意味として、民族や国家の通過儀礼として世界的にも冬至祭は重視されてきたのです。

我が国において、この通過儀礼の一つである成人の日は、当初は、元服の儀式と小正月(こしようがつ)の祝いとを合はせたものとして定められてゐました。元服とは、子供が大人になる儀礼であり、それまでの子供の髪型から成年の髪型を変え冠や烏帽子(えぼし)を戴いて衣服を改めて身繕いを匡し(ただ)、幼名を元服名(実名)に改めるなどを行う儀式でした。年齢は男子では早くて十一歳、女子では早くて十二歳でした。余談ですが、一年の月のうち、小の月を覚える言葉遊びとして、「西向く士(にしむくさむらい)」と言つていました。これは、二、四、六、九、十一の語呂(ごろ)合わせです。最後の十一月を士(さむらひ)と呼ぶのは、この男子の元服の最小年齢を意味したもので、多くの人は、この言葉遊びから元服とその年齢を学んだものです。元服は、人によって、また時代によって、元服の年齢と儀礼の時期に違いがありましたので、一律に年齢や元服の日は定まっていませんでした。ところが、祝日として成人の日を定めるために、小正月を祝う風習(これも祭祀)を取り入れて一月十五日としたのですが、一月十五日が小正月というのは、太陰太陽暦に基づくものなのです。これも次回に詳しく述べますが、太陰太陽暦では、元旦を大正月として、この日は新月の日(つきたち)ですから、年が改まった初めの満月の日を小正月として祝ったのです。それを太陽暦にそのままの日付に移しただけで、これも余り意味のない日であったわけです。それがまたしても連休を作るためを目的として変更されたので、殆ど無意味な日を成人の日とすることになってしまいました。

ともあれ、通過儀礼は、再生のための祭祀であり、その祭礼においては再生のための言葉が述べられます。その言葉によって再生させるのが祭祀の神髄なのです。我が国(わ   くに)は、「言霊の幸(さち)わう国」です。「言霊」は、「ことたま」と読みます。大和言葉(やまとことのは)の古代語では、濁りを嫌いましたので、「ことだま」ではなく「ことたま」なのです。このような濁りを嫌い、清らかなるものを尊ぶ精神は、今でも神道に受け継がれています。

では、今回は、まず、この言霊の意味ついて考えてみることにします。これは、いろいろと解説がなされていますが、一般には、言葉には霊力が宿っていることを意味します。そして、その霊力によつてが幸福がもたらされ栄えるというのです。それが「言霊の幸わう国」という意味です。

そのため、それが思想信仰にもなって、祝詞が生まれたり、穢れた(けが)言葉では、その悪い霊力が災いするとのおそれから、忌み言葉などが意識されることになりました。そして、江戸期には、五十音図の各音や「あかさたなはまやらわ」の各行には固有の意味があるのではないかとの考えから「一行一義説」が主張されたり、一語一音ごとに固有の意味があるとの「一音一義説」などの音義説(おんぎせつ)が盛んに唱えられたりしました。

前回も、「たましひ」とか「ひと」の意味について述べましたが、これも言霊の観点による理解です。今回もそれを引き継いで、私なりに「こと」と「たま」について説明します。前回に「たま」(霊)を説明しましたから、今回は「こと」(言)についてです。

言葉や数字を声に出すとき、その他の音についても同じですが、遠くまで多くの人に伝わり、共通した認識と情報が得られます。これは、光についても同様です。ただし、光は、言葉ほど多くの情報が伝達できません。五感の作用のうち、味覚、嗅覚、触覚は、直接にそれを味わったり、嗅いだり、あるいは触ったりした人だけが認識できるもので、個別的で限定的な感覚ですが、聴覚(音)と視覚(光)とは、相当程度に距離を置いても認識できることから、聴覚と視覚とは、人の感覚の中でも優れた感覚であると理解されています。

特に、言葉は、声に出したり紙に書いたりすると、聴覚と視覚の作用で多くの認識と情報が広がりますので、言葉は人にとって欠かせないものです。文字に書いて視覚によって伝えるときは、紙に書いたりする手間が必要となりますが、声に出すときはそのような手間は要りません。それゆえに、口から出る言葉は、最も単純で確実なものであるがゆえに「聖なるもの」と理解されたのです。これは、人には総て命があり、それは親から引き継いだものであるということも最も単純で確実な真理であるがゆえに、祖霊が「聖なるもの」とされたことと同じなのです。そこに言霊が認識される前提がありました。つまり、口から出る言葉や、楽器などを奏でる音(音楽)などに霊力が宿るとするのです。そして、数字も言葉の一つですから、言霊、数霊、音霊はすべて一体のものとして理解されることになります。

そもそも「こと」(言)とは何でしょうか。これまで、いろいろな識者が説明していますが、私としては、数の「こ(九)」と「と(十)」が合わさったものではないかと考えています。五十音の行数は十行であり、これは、一から十までの「ひふみよいむなやこと」が数字の基本と一致しています。前回のおさらいですが、「人(ひと)」とは、「霊止(ひと)」のことです。一から十までを大和言葉では「ひふみよいむなやこと」と言いますが、この初め(ひ)から終わり(と)までのすべての数霊の性質を持って生まれたのが人(ひと)です。そして、その「ひふみよいむなやこと」のうち、一番大きな奇数と偶数とを重ねて「ことのは」ができたという理解です。ちなみに、冒頭の「ひをむかふ みてくらたてよ いつきせむ なこそおしめや ことたまのひと」の歌は、五句のそれぞれ初めの字と終わりの字をつなげると「ひふみよいむなやこと」となり、言霊(ことだま)が正しく響くことを願っての歌です。

この奇数と偶数の意味は、陽と陰、雌と雄の一対を示しています。古事記、日本書紀にも天地開闢(かいびやく)におけるイザナキとイザナミの二柱の神々の「キ」と「ミ」の呼称は、「キ」が男子、「ミ」が女子の神名の区別になっているとおり、「キ」と「ミ」は、雌雄一対(しゆういつつい)によつて完成する姿を意味します。そして、これが目合ひ(まぐはひ)をして天地が創造されるという完全性を意味することになり、国歌「キミが代(君が代)」とは、そのように理解されるものなのです。

これと同様に、遺伝子学とも符合するように、奇数(男子)と偶数(女子)とが交わって言葉(ことのは)が生まれるのです。これまでの言語学では、五十音図でいうと、「あかさたなはまやらわ」の十行を「子音」と呼び、「あいうえお」の五音を「母音」と呼んできました。しかし、「子」と「母」で言葉が生まれるということはありえません。父性の欠落です。これは天地の摂理に離反した認識に他なりません。「父」と「母」とによって子供が生まれるように、これまで「子音」と呼んできたものを「父音」と訂正し、これまでとおり「母音」を「母音」として、「父音」と「母音」とが目合って子供(言葉)が生まれると認識すべきです。つまり、「こ(九)」という奇数(男子)である「父音」と「と(十)」という偶数(女子)である「母音」とによって「ことのは」(子供)が生まれたとすることが素朴な理解なのです。

このように言霊の意味を理解すれば、祭祀を考えたこともなく、その実践を全くせずに、言霊の学問的研究だけに現(うつつ)を抜かしている理性論に溺れた学者では、永久に言霊の意味は理解できないことになります。言霊の学問的理解などは本来は不要です。言霊とは、聖なるものであり、同じく聖なるものである父母と御先祖様(祖霊)への感謝を捧げる祭祀と一体であることが判れば、それで十分なのです。言霊の世界もまた、論理の世界ではなく、実践の世界です。祭祀と同じなのです。そして、祭祀は「感謝道」なのです。しかも、単なる感謝ではなく、かたじけなや、申し訳けなや、という「おそれおおき道」なのです。そのために、清い言葉によつて世界を浄化することです。論語に、「徳は孤ならず、必ず隣あり(徳不孤、必有隣)」という言葉があります。徳とは、まさに祭祀の実践であり、祭祀を実践している限り、人は決して孤立するものではありません。必ず賛同し共鳴した同じ実践者が現れます。実践は実践を生むのです。だから毎日欠かさず実践すしてください。なお、毎日の祭祀の実践のことについて少し補足しますと、礼記には、「祭(まつり)は数(しばしば)するを欲せず、数(しばしば)するは、即(すなは)ち煩(わづら)はし」(祭不欲数、数則煩)とあります。これは、「ハレ」の祭礼について言ったもので、普段(不断)に行う日常の「ケ」の祭礼についてではありません。頻繁に祭礼をすると煩わしい気持ちが起きて、礼を欠くことになることへの戒めです。しかし、ことさらにハレの祭礼をすることはありえません。意味のないときにハレの祭礼はしません。頻繁にハレの祭礼がなされるとしたら、それは偶々(たまたま)そのような月回りによるもので、それを煩わしいとすることは祭祀の意識が低いからです。ましてや、ケの祭礼による毎日の祭祀は、毎日の生活ですから、その生活を煩わしく思うのは、生命力が低下していますので、言霊の力を借りて生命力を高めてください。

ところで、祭祀を行うとき、祭礼の形式だけに神経質に囚われてはいけませんが、それでも何らかの形式は絶対に必要です。自分が考え、あるいは家族できめた式次第で厳かに執り行ってください。我々は言霊の世界に生きていますから、まず感謝の言葉を述べ、祖先祭祀の祝詞(のりと)や教育勅語などを声に出して奏上(そうじよう)します。祖先祭祀の祝詞(のりと)は、何かを参考にしてもよいですが、各家族で独自に考案して作ってみてください。これも自給自作にすることです。初めは拙いものであつても、祖先祭祀を繰り返して改良し続けて行けば、祖先祭祀の祝詞(のりと)をさらに上質のものに書き改め直すことができます。これによって、祖先祭祀の心が深まり、そのお勤めが進歩していることが自覚でき、それが新たな喜びとなり、それが「修理固成(つくりかためなせ)」の雛形の実践でもあります。

そして、声に出す言霊の祭礼の後は、黙祷(もくとう)として御先祖様と静かに対話するのです。それは、その一日にあったことの報告や、これから行うことなどについて自問自答するように心静かに語り合ってください。さらに、その後は、直会(なほらひ)ですが、ハレの祭礼ではなく、日常の祭礼(ケの祭礼)のときは、お茶をいただく程度の簡素な神人共食でもよいのです。

個人的な希望をお願いする必要はありません。あなたが何を悩み、そして願っているかは御先祖様は判っておられる。御先祖様の智恵は、少なくとも貴方よりも優れています。「三人寄れば文殊の智恵」であれば、御先祖様の数からして、文殊菩薩(もんじゆぼさつ)の何桁何倍もの大きい智恵が祖霊にはありますので、そのやうな取り越し苦労をすることは無用です。

しかし、感謝したことの見返りとして、何かを欲しては真の感謝とはなりません。それよりも、自分の決意を述べてください。願うものがあるとすれば、それは、自己の身命と引き替へに実現したいものだけを覚悟を決めて願いなさい。また、述べた自分の決意が誤っているのであれば、どうかお諭しくださいと願いなさい。家族を守り、仕事を守り、社会に貢献して国家を守るために願うのです。それは、御先祖様の願いでもあるからです。家族の一人一人が、バラバラに自分のことだけに執着し、自分だけを救ってくださいと神社仏閣や教会に行って願う姿は醜いものです。そのことよりも、家族の全員がそれぞれ自分を犠牲にしてでも他の家族全員を守りたいと願う姿こそがなによりも美しい。それこそが、麗しい真の家族、真の国家の姿を示すことができるのです。

平成二十二年一月十五日記す 南出喜久治

この文章は元々正統仮名遣いで書かれた文章です。原文はこちら
祭祀の道第4回
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