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無効理由 その12 政治的意思形成の欠落(つづき)


日本国憲法(占領憲法)が成立する過程で、改正の賛否を問う、衆議院の解散総選挙すら行われず、極東委員会での決定内容等も伝えられない中で、GHQから出された草案を翻訳し、手続きを進めたというのは、仮に、国民主権という占領憲法の立場に立ったとしても、憲法として成立したとはいえません。
現在の国民の意思決定の効力と戦後間もない頃の国民の意思決定の効力との価値が違うというのは、やはり、説得力はありません。

岡潔(~昭和53年、数学者)は、「西ドイツは進駐軍下の憲法はありえないと憲法を変えることを拒否した。問題はここにあり、進んで改憲した、強いられてという以前に、国民投票に問うたとしても進駐軍下というのではいけない、更に、国民投票にすら問うていない。政府は、その時、国民に図った訳ではないが、進んで憲法を変えたのである。そうしなければ、皇統を断絶するぞと言って、恐喝されたからで、国民過半の感情だったからであると思う」(一部抜粋)とおっしゃったそうですが、まさにそのとおりです。

極東委員会の『新日本憲法の基本諸原則』の内容を隠しただけではなく、GHQの指示により「憲法普及会」をつくり、洗脳ともいうべき回数の勉強会、本の出版を行いました。例えば、GHQ民政局員ハッシーが監修、横田喜三郎が推敲した、『新しい憲法 明るい生活』は全戸に無料配布されたのです。

当時、日本の政治はこのような環境でしたが、勿論、生活環境も全く整ってはいません。とんどの国民は闇米で生きながらえていたのですが、その食糧管理法違反の裁判を行う、山口良忠判事のように闇米だけで生活し餓死された方がいるほど、極限の食糧難状態でした。その中では、憲法改正について関心がむけられることはなかったのです。

当時、GHQの側で働き、検閲等に携わった人々は破格の厚遇で働いていました。そうでない人々の生活は飢えるかどうかというような状態だったのです。このように、ぎりぎりの生活をする多くの人々からすれば、憲法などは二の次です。GHQなどの物資を利用し、飢える人々への食糧を餌にするような工作活動、GHQに統制、検閲を受けているラジオや新聞などでの工作活動。これらによって、日本国憲法(占領憲法)は、ありがたいものだという機運が作り出された
占領憲法の正體占領憲法の正體
(2009/04/03)
南出 喜久治

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出典『占領憲法の正體』 南出喜久治 著


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