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昭和天皇の戦争責任について(2)

私のような若輩者が昭和天皇の戦争責任という重大な問題を扱うということは、甚だ僭越であることと承知しておりますが、悠久の歴史を持つ日本国臣民として生まれたにも関わらず、戦前と戦後の深淵なる断絶を痛感し、苦悶する日々を送る者にとって、この問題と向き合うことをお許しいただきたい。

前回は国際法の観点から昭和天皇には戦争責任を問えないということを述べさせていただいた。今回は帝国憲法の観点から昭和天皇の戦争責任を問えないという事実を述べたい。以下、南出先生の文章を引用させていただいた。

「開戦から講和までの一連の国家行為は、帝国憲法第十三条の宣戦大権と講和大権、同第十一条の統帥大権及び同第十二条の編制大権に基づくものであることはこれまで説明してきた。それゆえ、占領憲法が無効であるという前提に立てば、この問題は極めて簡単である。「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」という同第三条の無答責の規定から当然に天皇には法的責任、政治的責任を含む一切の責任はないということである。これは、帝國憲法の本質において、立憲君主制か専制君主制かという解釈論争があり、そのいずれに重きを置いて天皇大権の行使の態様を解釈するか否かという問題や、天皇が開戦から講和に至るまでどの程度関与されたかという客観的事実も、あるいはそのときに聖上がどのようなお考えであったかという内心的事実などとは全く無関係に、法的かつ政治的な天皇の無答責は成り立つからである。」

「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」という言葉は絶対的ではないだろうか。戦争責任を一般臣民と同等に問うことは帝国憲法上不可能なのである。天皇陛下はやはり特別なご存在であり、それがこのとおり憲法において確認されている。従って、我々臣民はこの事実を厳粛に受け止め、安易な感情論から昭和天皇に戦争責任を問うことは慎まねばならないのである。このテーマはしばらく続けたい。(続く)

参考文献 南出喜久治「いはゆる「保守論壇」に問ふ<其の三>天皇の戦争責任」
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